人生

「本当の自分」を求めること。自分探しをすることがダサいのか?自分を探せていないのがダサいのか?

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どうもー投資の力でアーリーリタイアを目指しているミドリムシです。

ちょっと心と体がお疲れちゃんのサラリーマンが人生について考える迷走ブログの始まりです。

少しずつ体調の回復を感じております。春だからでしょうか?

さて、前回の新章第5回目の記事はこちらです。

何のために働くのか?物足りなさを感じる30代の結論

どうもー投資の力でアーリーリタイアを目指しているミドリムシです。 ちょっと心と体がお疲れちゃんのサラリーマンが人生について考える迷走ブログの始まりです。 体調が悪い日が続いており、なかなか活動できない ...

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6回目の本日は、「仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える」を参考に「本当の自分」というものを求めることについて考えます。

この記事をご覧になって、何か思うところ、感じるところがあった方は書籍をご覧ください。

みなさん、一人一人の悩みにあったヒントを見つけられると思います。

それでは行きましょう!

「本当の自分」は果たしてあるのか?

さて、「働くこと」に対する根本的な問いを向ける人は避けがたく「本当の自分」をめぐっての問いにも直面することになります。

それは、意味を感じられる仕事、意味を感じられる生き方を追い求めることは内省を深めることになるからです。

内省を深めた結果、自分が空っぽのように感じ、「自分が何をしたいのかわからない」といった「存在意義」や「生きる意味」に関する疑問が湧いてくるのです。

この問いの背景には、「自分の存在に対する欲求不満」、「底知れない無意味感」、「空虚感」など、温度の低い冷たく暗い悩みがあります。

一方、巷ではこのような悩みを正面から扱わない風潮があったりします。

  • 「自分探し」なんて時間の無駄
  • 「本当の自分」なんてどこにもない
  • そんなことを考えている暇があったら、まず何か行動しろ

実際、私自身もこのような態度や考え方を持っていたことは否定できません。

このような「自分探し」への批判は大別すると2通りあると筆者は述べています。

自分探しに対するネガティブ態度

  1. 働かないための甘えだ
  2. そんなものは知ることはできない、存在も証明できない

あなたはどちらの態度をとっていたでしょうか。

次の解説を読んで考えてみてください。

「働かないための甘えだ」という態度の背景

これは、「本当の自分」というものがあった時に、困ってしまう人の言い分だと筆者は述べています。

言い換えると、「本当の自分」というものに向き合おうとせず禁欲的で従属的な価値観の「労働」に勤しんできた人の言い分です。

このような人は、「本当の自分」というものが存在することで、自分達の価値観が根底からくつ害されてしまうのではないのかという危機感を無意識に察知していると筆者はいいます。

今までひたすらに「労働」してきた人にとって、「本当の自分」なんてものがあると困るのです。だから、否定的な態度をとってしまうのではないかと筆者は考察しています。

「そんなものは知ることはできない、存在も証明できない」という態度の背景

こちらは固く狭い哲学的な考察によるものです。

「本当の自分」などというものは、そもそもしることもできないし、その存在を証明することもできない対象だとして、そいうものを想定すること自体について否定的な態度をとっています。

 

 

私は両方でした。

「本当の自分」というものと向き合ってこなかった背景として、そんなものは幻想だから追い求めるのではなく体のいい会社に就職して黙って働く。それが「働く」ってものだと割り切った。いや、諦めたのかもしれません。

新人研修で「仕事で自己実現しよう」という研修がありましたが、「自己実現」ってなんですかという状態でした。

自分が本当に何がやりたいかは、よくわからない。だけど、「働かないといけないから働こう」、「生活のために働こう」、「社会的評判のために働こう」・・・

なんとか理由をつけて働いていました。

そんな状況でも30代前半までは割と楽しく働いていました。

目の前の課題をこなしていくことで、自分が成長していく感覚を得られていたからだと思います。

ですが、30半ばからいつのまにやら「楽しさ」を感じなくなり惰性で働いています。ここ2、3年の話です。

こうなると、自分らしく働いている人、仕事を楽しんでいる人を見ると羨ましくなるわけです。

そこで自分の内側に問うてみます。働くとは何か、自分らしく働くとはなにか。そもそも、私の「自分らしさ」は何か?と。

しかし、これまで「本当の自分」と向き合ってこなかったわけですから、そう簡単に答えがでてくるはずもありません。

この状態を拗らせると『「自分らしく働く」なんつうのは、幻想の世界の話。理想的な夢の中の話であり、それを追い求めるのはまるで子供のような甘えである。』と、「本当の自分」、「自分らしさ」といったものに蓋をして否定してしまいます。

しかし、自分の心にいつまでも嘘をついては生きていけないのです。

疑問を持ったまま続ける仕事は、その存在自体がストレス要因となり脳を蝕んでいきます。

やがて、脳はそのストレスを処理できなくなり活動量が低下し、ストレスからの逃避行動へと向かわせます。

私の場合、逃避先が投資活動であったり、副業だったりします。

これはこれでいいんじゃないか?と思っていたのですが、事態は悪化します。

本業は悪、投資や副業こそ正義という重力場が生まれ、本業の時間が苦痛になり生産性が急降下します。結果、やるべきことが処理できず目詰まりを起こしてパンクするのです。

ストレスが新たなストレスを生み、やがて脳は休息できなくなります。ついには自律神経が乱れ、動悸、頭痛、肩こり、食欲不振、倦怠感などありとあらゆる体の不調が現れてきます。

これが私の経験した鬱症状とその発生のメカニズムだと考えています。

 

さて、本当の自分というものは存在するのか?という問いに戻りましょう。

結論を言えば「あると思うからあるのである」ということになります。

合理的な説明ではなく、納得感を感じにくいのですが「心」の問題に「頭」を持ち込むのは悪手ではないかと筆者は次のように述べています。

フロイトがかつて、人間存在にとっては「物的実現」ではなく「心的実現」が重要であることを説き、これにより人類の人間理解が大きく前進したわけですが、

これはつまり、人間というものは「客観」によってではなく「主観」やイメージによって規定される生き物であるという発見だったといえるでしょう。

このことを念頭に置き、そこから人間というものを考えなければ、やはり本当のことは見えてきません。

<中略>

このように「心」を備えられたわれわれ人間には、内面的な苦悩や問いがどうしても湧き起こってくるものなのですが、これについて、「頭」というコンピューター的な理性で合理的思考に基づく議論を行っても、同にお的外れな結論しか導き出せません。

人間の「心」というものをよくしれば知るほど、それが合理的思考というツールでは決して測りきれない次元のものであることがわかってくるはずで、象牙の塔や書斎にこもって「頭」を捻ってみても、それは見えてこないのです。

出典:仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える

 

苦悩から脱した先にある「第二の誕生」

さて、実は私が直面しているであろう「中年の危機」を解決することは「第二の誕生」の経験を得ることにほかならないと筆者は述べています。

「中年の危機」ってなんだっけという方はこちらもご覧ください。

新章開幕|中年の危機に立ち向かう

どうもー投資の力でアーリーリタイアを目指しているミドリムシです。 最近、めっきり投資ブログではなくなっています。 ですが、気にしません。私のブログなので。 今日から新章開幕! 完全に開き直って書きたい ...

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第二の誕生とは?

第二の誕生とは、どのような状態を意味するのでしょうか。

筆者の説明はこちら。

生まれ育ってくる中で避けがたく曇らされてしまい、「頭」でっかちで神経症的にならざるを得ないわれわれの感覚や認識というものを、「心」を中心に回復させることができた時、人は「本当の自分」になったという内的感覚を抱きます。

これは、生まれ直したかのような新鮮さと喜びに満ちたものであり、「第二の誕生」とも呼ばれます。

出典:同前

さて、この「第二の誕生」といわれる超越体験はどうしても宗教的、あるいはスピリチュアルな文脈で語られることが多くアレルギーを持っている方も多いのではないでしょうか。

私もそうです。

事実、このような経験を軌跡のようなものと捉え、自己啓発セミナー、新興宗教、自称カウンセラーによる素人心理療法、スピリチュアルなヒーリングなどが行われてきた背景があります。

その結果、私を含めて多くの方に「心」の問題に向き合う作業について、強い不信感と感情的アレルギー反応を引き起こしてしまったのでしょう。

しかし、だからと言って未経験者が「第二の誕生」なんてものは存在しないと批判してみせても、食べたことのない料理を不味いと評するような虚しさを感じます。

経験した者にしか見えない景色があることは、海外旅行や投資などを筆頭に枚挙に遑がないのではないでしょうか。

ではここで、「第二の誕生」の経験者として夏目漱石の「私の個人主義」から「本当の自分」に突き抜けた夏目漱石の喜びに満ちた体験談をご紹介しましょう。

・・・ああここにおれの進むべき道があった!ようやく掘り当てた!こういう感投資を心の底から叫び出される時、あなたがはじめて心を案ずることができるのでしょう。

<中略>

もし途中で霧か靄のために懊悩していられるかたがあるならば、どんな犠牲を払っても、ああここだという掘り当てるところまで行ったら良かろうと思うのです。

<中略>

だからもし私のような病気に罹った人が、もしこの中にあるならば、どうぞ勇猛にお進みにならんことを希望してやまないのです。

もしそこまで行けば、ここにおれの尻尾を落ち着ける場所があったのだという事実をご発見になって、生涯の安心と自信を握ることができるようになると思うから申し上げるのです。

出典:私の個人主義ほか

どうやら、私たちが大人になって経験する「鬱」やそれに準じる「モヤモヤ感」の先には、「第二の誕生」を経験するという喜びが待っているようです。

オラ、ワクワクしてきたぞ!!

まとめ

どうやら「本当の自分」というものは存在していて、夏目漱石先生はそれを発見したようです。

「本当の自分」なんてものは存在しないと否定することは、「第二の誕生」を経験した人からみれば「若いな小僧。お前はまだ何も見えていない。」とお叱りを受けることになるのかもしれません。

まさか40前にしてまだ「自分」という「一人称」を確立できていない「未熟な0人称」とは・・・

人生100年時代、この闇を抜けて1人称を確立できた先の人生はさらに楽しくなっていくのでしょう。

次回、生きる「意味」はどこにあるのか?を考えます!

ではまた!!

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