人生

仕事に意味を見出そうとしているダサい自分に気づいた話

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どうもー投資の力でアーリーリタイアを目指しているミドリムシです。

新章開幕ということで、ちょっと心と体がお疲れちゃんのサラリーマンが人生について考える迷走ブログの始まりです。

前回の新章1回目の記事はこちら。

新章開幕|中年の危機に立ち向かう

どうもー投資の力でアーリーリタイアを目指しているミドリムシです。 最近、めっきり投資ブログではなくなっています。 ですが、気にしません。私のブログなので。 今日から新章開幕! 完全に開き直って書きたい ...

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今回からしばらくは、こちらの書籍を読んだ感想など交えながら自分に起こっていることを考えていこうと思います。

「生きる意味」を問うのはやめたはずだが・・・

ミドリムシは、「生きる意味」を問うことなんて無駄なことだと子供時代にこの問いに対する解を探すのをやめました。

しかし、最近になっていい歳の大人であるはずの私が「どう生きていくか?」、「どうありたいか?」みたいな人生のテーマに真剣に向き合い始めたのです。

結局のところ「自分が何をしたいかわからない」といった、青臭い思春期に抱えるような問題を棚上げした結果、問題の芽が今になって出てきたのでしょう。

私は物質的・経済的な満足をある程度ですが感じています。

この満足がある種の飽和点に足してしまい「生きる意味」みたいなものが見えなくなっているのかなと考えています。

極端な言い方ですが私は自分のことをときより「虫とかわらんな」と思ったことがあります。

朝になったから起き上がり、仕事しないと食べれないから仕事をし、夜になったから眠るという具合です。何だこれ?と思ってしまったのですね。よせばいいものを疑問に思ってしまったのです。

そこから、意味探しが始まったように思います。

いつのまにか「仕事しかないおじさん」になっていた

金銭的にある程度豊かになっていくなかで「食べていくための仕事」に「食べるため以外の意味」をつける必要性がでてきました。

端的に言えば、仕事ってやる意味なくね?という疑問を否定する材料が必要になったのです。

直近では、投資の種銭作りとしての仕事といったところでしょうか。

しかし、欲張りなものでどうも味気ないと感じてしまう。もっとおいしそうな、ワクワクするような、心躍る「仕事の目的」が欲しくなってきました。

ですが、おいしそうな「仕事の目的」というものは簡単に見つからない。今まで外的要因により仕事をこなしてきて、急に内から湧き上がる内的要因により意味を見出すのは容易ではないのです。

すると次の疑問が浮かびます。

そもそも、なんで仕事なんかに意味を見出そうとしているのか?

仕事はイヤイヤやるもの。仕方なくやるもので、意味なんか見出そうとするのがおかしいのでは?

この問いに対しては、残念ながら私はYesと答えます。

ここで、現時点で私が考えるベストな状態を仮置きしておきます。

「人生の目的のようなものが仕事の目的に繋がっていて、さらに好きなことや興味あることで仕事をしている」

これが現時点で考えるベストな仕事の状態。

しかし、現状は違うわけです。そこで、無理やり食うための仕事だったものに、新しいキラキラした意味をつけようとするのは無理であり無価値だと気づきました。

ここで先ほどの問いに戻ります。

「なんで仕事なんかに意味を見出そうとしているのか?」

この解はおそらく・・・

 

自分に仕事しかないから

 

なのでしょう。

「仕事」をとったら何もないおじさんになる。というか、「仕事」する以外の選択を知らない。

なので「仕事」を残そうとして、そこに意味を見出そうとしているのだろうと思います。

この解を導き出したとき、あーーーーまじかと思いました。

私は「退職後に仕事が生きがいだった男性が鬱になる」という話題を耳にするたび、自分はそうはなりたくない。ならないだろうと思っていたからです。

全く自覚がなかった。気づいたら無理やり仕事に意味をつけようとしている。

仕事以外ないおじさんに自分はなっていたことに驚きました。そして、寂しい気持ちに襲われたのです。

 

ちょっと長くなってきたので本日はここまで。

「仕事なんか生きがいにするな」の書籍の内容については、次回以降にします。

ではまた!

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